2008年3月10日
作庭家あれこれ 小堀遠州の巻?今日は日本の代表的な作庭家・小堀遠州の巻・3回目。言うなれば「江戸時代のマルチタ... [ 続きを読む ]
今日は日本の代表的な作庭家・小堀遠州の巻・3回目。
言うなれば「江戸時代のマルチタレント」だった遠州についての話です。
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リンコ:
今日の話は先週から引き続き小堀遠州についてだけど、番外編。
庭の話からはちょっとそれるよ。
さ、ピエール小堀遠州について、どこまで覚えてる?
ピエール:
えーと、たしか、小堀遠州は桃山時代から江戸初期にかけて活躍した作庭家だったよね。
また、作事奉行として江戸城、名古屋城、京都御所などの造営、修築にも携わった・・・と。こんな感じ?
リンコ:
トレビアン!ばっちりだね、ピエール。
さて、遠州は庭、建築以外にもマルチな才能を発揮した人。今日はこの話ね。
遠州には和歌の素養や美術工芸の鑑定眼もあったんだ。
そして、忘れてならないのは、茶人としての側面。
ピエール:
千利休、古田織部(ふるたおりべ)と続いた茶道の本流を受け継ぎ、
徳川将軍家の茶道指南役となったんだよね?
リンコ:
そう。小堀遠州は15歳の頃から古田織部について茶道を学んだんだよ。
遠州の才能を感じ取った織部は、自身の後継者に遠州を指名したんだって。
ピエール:
へー。古田織部のお墨付きってわけだ。
ところで、古田織部って何者?
リンコ:
古田織部は、千利休のもとでわびさびを学び、江戸時代の武家茶道の基礎を作った人。
大胆さや斬新さを好み、茶器・建築・造園などで
「織部好み」と呼ばれる一大流行をその時代にもたらしたよ。
遠州流は、利休の質素な「わびさび」の茶道に、
織部の自由な気風あふれる茶道を経て、遠州独特の美意識を加えた
「綺麗さび」と呼ばれる茶風を特徴としてるんだ。
遠州は生涯に400回あまりの茶会を開いたんだって。
ピエール:
あー、やっぱりピエールもお茶をたしなんでみたい!
フランス人でお茶の作法ばっちりなんて、とてもロマンチックだと思わない?
リンコ:
お茶の世界は奥が深いからねー。
でも、お寺やお茶室で心静かにお茶をいただいたら、
お茶の世界が少しのぞけるかな?
京都には、気軽にお抹茶をいただけるところがたくさんあるよ。
例えば、妙心寺 退蔵院、大徳寺 瑞峯院、
宝泉院、細見美術館の茶室・古香庵など。
ピエール:
わー、けっこうたくさんあるんだね。
調べて行ってみようっと。
リンコ:
そう、何事も体験してみることが大事よピエール。
今日はここまで!また次回ね。
ピエール:
OK、またね。
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